シリアス留伊。伊作が肺病になる話。なんだか救われない。
※肺病(結核とか)に関する記述は細かく追及してはダメ。
おそらく室町ではまだ流行ってはいない。江戸とかからかな?
『君の腕、僕の』
がら、
何時ぶりかの扉が開く音がした。
もう自分で開く以外に開かれることなんて無いかと思っていた。
町から離れた丘に建てられた小さな小屋。
そこが今の僕の住まいだ。
肺病を患い、1人暮らすことに決めたのだ。
せっかくやっとの思いで忍者として働いていたのに。
「6年も保健委員だったのにさ」
扉を開けて入ってきた懐かしい人に話しかける。
「どうすることもできないんだ」
扉と僕がいる部屋の間には衝立てをおいてあるから、きちんと顔を見てはいないけど、雰囲気で誰だかわかった。
「…伊作」
あぁ、その声も久しぶりだな。
学園で過ごした日を思い出した。
その学園には肺病を患ったことを報告しておいたから、伝え聞いてここに来たのだろう。
馬鹿だな。
肺病は未だ治す手段もなく、いずれは死に至る病と言われている。
わざわざこんな所に来て、うつったりしたらどうするんだろう。
「なんで来たんだい? そこからこっちへは来ないでよ。優秀な君を肺病にはできないからね」
喋りながら咳が出そうになるのを我慢する。
心配なんかかけたくなかった。
「……」
静寂。
最近は馴染みすぎて、喧騒からは縁遠い。
環境なんて変わるもんだな、と改めて思う。
そういえば、留三郎はよく文次郎と喧嘩してたな。そんな昔に思いを馳せて、自嘲気味な笑いがこぼれた。
「さ、もう帰りなよ。来て早々で悪いけど仕方ない」
衝立てごしに留三郎に話し掛けていると、まるで本当に学園にいた頃みたいだ。
寝つきの悪いときなんかに、くだらない話をいくつかした。
それも今はできないけれど。
なかなか立ち去る気配のない留三郎にため息が一つ。
「大丈夫だよ。僕なんかが息絶えたとしても何も変わらない」
「そんな世界だよ」
言って笑おうとしたところで息苦しさが胸に広がる。
(しまった…!)
駄目だ。
まだ留三郎が。
うつすわけにはいかないのに。
「…げほっ、ぐっ、…」
胸の違和感を追い払おうと、身体は僕の意志を無視して咳き込む。
止まらず何度も繰り返されることで、上手く息ができなくて苦しい。
「伊作!」
叫ぶ声が聞こえて、顔を向けると視界に懐かしい姿がとびこんできた。
来るなと言っているのに。
背中をさする手。
しっかりとした力強さを感じて、なんだか情けなくなる。
咳き込みすぎて、足りない酸素を補おうとする喉がひゅっ、と音をたてた。
止まらない咳をおさえようと口元に当てた手に、ぬるりとした感触。
僕の手の赤に、背中に添えられた手に力が入った。
赤。
血液。
死の連想。
平気だと思っていたいことも、頭では理解していることも、改めて感じるとどうしてこう恐ろしいのだろうか。
「学園にいた頃から考えてたんだ」
ようやく落ち着いてきた呼吸を整えるように、ゆっくりつぶやく。
「僕はプロの忍者として、生きていけるのか」
ぱた、と雨粒が屋根を叩く音が聞こえる。降り始めたんだな。
静かで寒いこの部屋で、黙って聞いていてくれるその存在に感謝したい。
「甘ったれな僕はきっとすぐに命を落とすだろうな、なんて」
自分で言って可笑しくなった。
あまりの自信の無さと、他人事のような考え。
思わず笑いをこぼしたら、留三郎は眉間に皺を寄せていた。
「伊作、言わなくていい」
「でもさ、まさかこんなふうな死に様だなんて思わなかったよ」
「伊作っ…」
本当に。
まさかこんな結末だなんて思ってなかった。
どんな形であろうといつかは終わりが訪れる。だから、どんな死も受け入れられると思っていた。
僕の名前を呼んだ留三郎の顔が悲しそうで、僕もなにか悲しくなった。
そして、このまま終わっていくことがどうしようもなく怖かった。
少しつりあがった形の良い瞳を見つめていると、自分の瞳が潤うのを感じた。
目頭が熱い。
不意に身体をきつく抱き締められた。
背中に回った腕の力強さと体温は、僕の涙を促してしまう。
この腕の温もりも感じられないところへ行くことになるのだ。
襲ってくる恐怖感をごまかしたくて、強く抱きしめ返す。
「…死ぬのは怖いよ」
格好悪く声は震えていた。
「死にたくない、死にたくないよ…っ」
子供のように嗚咽を漏らす。
口に入る涙がしょっぱい。
こんなにも涙は熱かっただろうか。
「お前ひとりを死なせるもんか…っ」
絞りだすようなその声は、僕と一緒で震えていた。
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伊作は病気で死にそう。
長生きしてください。と思う。